仏教の教えがわかる



★人間の実相:季節は秋★

人間の実相のたとえ話で

季節を秋といわれているのは

人生の孤独を表されています。

お釈迦様はなぜ人生が孤独なのか

というと

それは1人1人が生み出した世界に

1人1人が生きているからなんだ

といわれてます。

これを業界(ごうかい)といいます


★一水四見

同じ水でも

それぞれの境界によって

まったく見方がかわります。

これを一水四見といいます。

餓鬼界の衆生は

水を火と見る

人間は

水を飲み物と見る

魚は

住処(すみか)と見る

天人は

瑠璃(水晶)とみる

といわれています。


同じ人間界でも

砂漠で乾き死にしそうな
人が水を見ると

1杯100万円だしてもおしくない

と思うでしょう。

水泳選手にとって水はとても
楽しいところかもしれません

おぼれた経験のある人にとっては
恐怖を感じるでしょう。

このように

同じ水をみても

その人の

経験

生立ち

境遇で

(これらを業と言います)

まったく違うように見えているのです。

同じことを同じように感じることはできません。

というよりも

相手が自分と同じように感じているかどうかを

確かめることさえもできないのです。

★ある人が

普通の人が赤に見えるものが青に見えて
青に見えるものが赤にみえる

と言いました。

この人がウソをついているのか

ホントなのか

これを確かめることは

論理的にも

科学的にも

不可能といわれます。

ホントかなと思ったら

考えてみてくださいね。

私達は

自分の業という

色眼鏡をかけてしか

見ることができません。

同じ人を見ても

好きだと思う人と

嫌いだという人と

別れるのは

それぞれの業が違うからです。

★私は「私」というおりの中に

閉じ込められているのです。

★親鸞聖人は

私の心の奥底すべてを見抜かれて
助けると誓われているのは

本師本仏の阿弥陀仏の本願だけだった
と仰有っておられます。

さればそくばくの業をもちたる身にて
ありけるを助けんと思し召したちける
本願のかたじけなさよ(親鸞聖人)

意訳

こんなはかりしれぬ悪業をもった親鸞を
助けんと奮いたって下された弥陀の本願の
何とありがたくかたじけない事なのか




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