仏教の教え 2


仏教は私をうつす鏡


【七つの自惚れ】

七つの自惚れについて

最後は邪慢(じゃまん)についてです。

邪慢 

これは

邪 よこしま

とんでもないこと



慢・・うぬぼれる

ことです。

人間は自慢することがなくなると

ホントは恥ずべきことでも

自慢のタネにしてしまいます


自分がいかに、留年ぎりぎりで卒業したとか

自分がいかに、たくさんの借金をかかえてきたとか、

自分がいかに、だらしない生活をしているとか、


本来、恥ずかしくていえないことでも自慢のタネにしています。

これを邪慢といいます。

テストの点 
100点取った人は点数のところを折り曲げておとなしくしている。

ところが10点だったひとは、
「ああ 10点だ10点だ」と誇らしげに教室をねりあるいている。

こんなのを邪慢といいます。

私たちはさびしいとまわりからかまってもらいたくなります。

まわりから注目してほしくなります。

でも、人よりも優れたものがないときはどうでしょう・・

それでもみんなから注目してもらいたいのです。

恥ずべきことを鼻にかけ

自虐して自分を傷つけていないでしょうか

反省させられます。

かりそめの嘲笑は得られても

本当の安心は得られないのす。

高校時代の私はまさにそうだったと思いますね。

本当の安心満足をみなさんにも

知って頂きたいです(^u^)




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