仏教の教え 1


仏教は私をうつす鏡




他人の目は正しく
あなたを映し出すのか??


他人の目は正しく私を評価するのか??
ということですが・・

これは結論から言うとどんな人の目も

正しくわたしを評価してはくれません。


なぜかというと

私がだれかを評価するときに必ず自分の都合が入るからですね。

皆さんもあの人はいい人、この人は悪い人と評価することがあると思います。



いい人というのは自分にとって都合のいい人

悪い人とは自分にとって都合が悪い人ではないでしょうか。


たとえば、大学の先生でも、
簡単に単位をくれる先生を「仏」とか「神」といっています。

なかなか単位をくれない先生を「鬼」「悪魔」といっています。

これは完全に都合できめていますよね(笑)


最近、こんなことがありました。

麻生太郎さんが、土日、高速道路千円にした後

あのETCのバーをくぐった瞬間


ピッ と音がして、いつもなら数千円かかるところが

千円・・・ 

あの瞬間、麻生さんがすごくいい人に思えてなりませんでした。

都合次第でころころかわるなあ

と自分でおもっても

やっぱり、得するとわるくおもえないんですね。

そんなことばかりです。


調子がいい時は

すごい、英雄だ、とほめたたえても

おちめになるとボロボロに非難する。

都合によってころころ変わるのが

他人鏡(人の評価)ではないでしょうか





だから、一休は、

今日ほめて
   
  明日悪く言う

     人の口

なくも笑うもウソの世の中


といっています。

けなされたからといって、極端に落ち込む必要もありません。

逆に、ほめられたからといって舞い上がるのもまことがないのです。

都合しだいで評価が変わるまことがない世の中だと言っています。

ころころ変わる他人鏡に必死に、よく映ろうとして

くたびれてしまっている人が多いようです。


本当の自分に暗いからです。


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