自業自得 と 因果応報について

仏教の 運命観 因果の道理を詳しく解説しています

自業自得とは仏教の教え

運命は何によってきまるのか?

一言でいうと自業自得と教えられます。

とは わたしたちの行い のこと

ですから

自分の運命は自分の行いが生みだしたものですよ
と教えるのが仏教です。


仏教では私たちの行いを、心と口と身体の3方面から教えられます。
これを

身業(しんごう) 口業(くごう) 意業(いごう)・・・あわせて三業(さんごう)といいます。

心で思ったり、考えたりする行い・・

目には見えませんがこれも心の行いです・・意業といいます。

身体でやるいろいろな行い・・走ったり蹴ったり殴ったり、これを身業といいます。

口でしゃべったりする行い・・悪口をいう、ほめる、説明するなど、これを口業といいます。


私たちの行いのすべては三業のどれかにはいるでしょう。

私はこのメルマガを書いている→これは 身業ですね。

皆さんは読んでいる。→音読すれば口業です・・そんな人いないか・・

読みながらいろんなことを思うでしょう。→これは意業といいます。

私たちは心や口、体でいろいろなことを思ったり言ったりやったりします。

この三つの行いの中で一番 重たい行いは何でしょうか?

体の行い? 口の行い? 心の行い?

心の中では何を思っていても 言いさえしなければ やりさえしなければ

誰にもわからないから何を思っていてもいいだろう

という人もいる。

しかし、仏教は全く逆です。

心の行いこそ最も重いと説かれるのです。


殺るよりも
  劣らぬものは
      思う罪


と仏教ではいいます。

口や身体で殺すのも恐ろしい罪ですが

心で殺す罪はもっと恐ろしいのだと教えられます。

では、なぜ、誰にもみえない心の行いが一番重たいと言われるのでしょうか??

次回、お話ししたいと思います。 
 
【編集こーき】

「自分の運命は自分の行いが生みだしたもの」

これが仏教の運命観です。


神がいて私たちの運命を決めたわけでもなく

先祖のたたりで不幸になるわけでもありません。

手相などのよしあしで運命が決まるのでも絶対にない。

と教えられるのが仏教です。

厳しい・・と受け取られる方もあるでしょう・・

でも、苦しみを人のせいにしたり、

先祖や手相のせいにしていては、一時的な気休めになるかもしれませんが

問題は解決しません。

何でこんな結果になったのか、自分の心や口や身体の行いに原因が

なかったか?と自分の行いを見つめていけば、

どんな苦しみも反省と向上のチャンスにできるのではないでしょうか。

仏教を信じることを深信因果といいますが

仏教がわかれば努力向上主義になるんですね。


  

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