布施とは何か|仏教の教え

有名な六度万行(六波羅密)の「布施」という仏教の教えを詳しく解説しています。

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布施とは「親切」のこと

「布施」と聞くと、お坊さんにお金を出すイメージを持つ人が多いようですね。
「布施」とは、施しをすることで、現代の言葉で言えば「親切」のことです。

布施は、施すものによって、

大きく「財施」と「法施」の2つに分けられます。

「財施」とは、財を施す、つまりお金や物を人にあげることです。

お金や物を人にあげれば、手元のお金や物が減るから、
あげた人は損をした気分になるかもしれません。
ところが、因果の道理から言えば、恵まれるのは、あげた本人です。

貧しい村に行かれた釈尊

こんなエピソードがあります。

あるとき、お釈迦さまが弟子たちと托鉢(たくはつ)に出かけられました。
しばらくして、行く手が二股に分かれていましたが、

お釈迦さまが右に歩まれるとお弟子の一人が言いました。

「お釈迦さま、失礼ですが、道を間違われたのでは?
 こちらの道は、大変貧しい者の住む集落に向かいます。
 最近の飢饉で餓死する者まで、出ているところです。
 そんな村に托鉢に行かれても、布施する人はいないでしょう。
 反対の道ならば、大地主や大商人たちの住む町ですから、
 布施する人も多くありましょう」
それに対して、お釈迦さまは、こう仰有いました。

「道を間違えてはいない。
 この道が、貧しい村に通ずることは知っている。
 布施は貧しい者ほどしなければならないのだ。
 彼らが現在、餓死するほどに貧しいのは、
 過去世で欲深く、布施の功徳を積まなかったからである。
 布施を励んだ人は、恵まれた家に生まれ、
 施しをしなかった人は貧しいところに生を受ける。
 彼らは自らの報いを受けているのだ。
 貧しい中から、米一粒でも布施をして、功徳を積むならば、
 それにより、彼らは今の苦しい状態から、抜け出せる。
 長者の万灯よりも貧者の一灯、布施の尊さは量にはよらない。
 貧しさに苦しんでいる人ほど、布施をしなければならないのだ」

弟子たちは深く頷いたと言います。

布施をした人が恵まれる

お釈迦さまが、何か物をもらうために托鉢をしているなら、
お金持ちの住む町に行けば良いのです。

いや、その必要すらないでしょう。
お釈迦さまは、王族の生まれなのですから、
物には一切、不自由されなかった方です。

托鉢にまわることにより、貧しい村の人たちは、
わずかながらも布施の行いをします。
善い行為をすれば、善い結果が、善い行為をした本人に返ってきます。

お釈迦さまは、10数日にわたり、その村に滞在され、
村人からのわずかな布施の米粒で粥を作られ、
弟子たちと分け合ってすすりながら法を説かれたと言われます。

施した人が恵まれる。
お釈迦さまが、教えておられます。

では、誰に施せばよいのか?
心がけは?
施すものがないときは?

いろいろ疑問もあるでしょう。
それについては、布施の心がけへ。

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