自分なんてダメな人間だ


 

お悩み

 自分は何をやってもダメな人間です。生きてたってどうにもならない。「世間が憎かった」という凶悪犯の気持ちがよくわかります。いっそ自分もあんなふうに……と思いますが、いまのところは思いとどまっています。

 

お答え

 私たちの苦しみが深まっていく過程を、仏教では「惑業苦」(わくごっく)と教えられています(詳しい説明はこちら)

「惑業苦」の輪が回り始めると、いかに大変な結果になるのか、仏教史上、有名な「王舎城(おうしゃじょう)の悲劇」を通してお話しします。


 今から2600年ほど前、インドにマガダ国という大国がありました。
 その首都・王舎城(おうしゃじょう)に、ビンバシャラ王と、妃のイダイケが住んでいました。

 王夫妻には、ながらく子供が生まれませんでした。
 このままでは世継ぎがなく、自分たちの権力が奪われてしまうかもしれない、という深い悩みがあったのです。
 特に、子供の生めなくなる年齢が近づいていたイダイケのあせりは、深刻でした。

 そこで、悩んだあげく、評判の占い師を城に呼んだのです。

 

 

 占い師は、

「この国の奥山に、1人の修行者がいます。その者の命が尽きると、次に、あなた方の子として生まれることになっております」

と言いました。

「その修行者は、一体、いつまで生きているのだ」

と王が尋ねると、

「あと5年でございます」

と占い師は言い切りました。

「あと5年!?」

 それを聞いたイダイケは落胆しました。
 しばらく沈黙が続いた後、

「何とかもっと早くなる方法はないの?」

と、イダイケは占い師に懇願するように尋ねました。

 すると、占い師は、

「これは決してお勧めするわけではないのですが……」
と前置きをして、
「修行者さえ早く死ねば、それだけ早く、お子様がお生まれになるでしょう」

と言って、その場を立ち去ったのです。

 王夫妻の心には、「修行者さえ早く死ねば」という言葉が、鮮明に残ったことは、言うまでもありません。

 そして、恐ろしいことに、修行者殺害を決行したのでした。


 その後、しばらくして、どういうわけか、イダイケ夫人は懐妊したのです。

 待望の子供が宿ったのですから、イダイケは喜ぶはずです。ところがイダイケは、日に日に不安が深まっていったのです。

 なぜかというと、それは、自分の子供欲しさのために、修行者を殺した負い目があったからでした。食事もノドを通らず、眠れない夜が続きます。
 そして再び、占い師にすがるのでした。

 不安そうな王夫妻に、占い師は、

「今、お妃様のおなかの中に宿られているのは、王子様でございます。しかし、ご両親に大変うらみを持たれています。成長されるときっと、親を殺害する方となられるでしょう」

と予言したのです。

 冷酷な占い師の言葉は、イダイケ夫人の心をわしづかみにして、完全に支配してしまったのです。

 イダイケの苦悩は、さらに深まりました。
 その不安をあおるように、日に日におなかは大きくなります。胎動を感じるたびに、イダイケは恐怖に震えるのでした。
 ついにある晩、身も凍るような決意を、ビンバシャラ王に告げたのです。

「親を殺す子供なんて、絶対に生みたくない。でも、もう、ここまできたら生むしかないわ。だから、私、夜も寝ずに考えたの。産室を2階にして、1階に剣(つるぎ)の林を作ってよ。ひと思いに、そこに生み落とすから……!」

 今度は、わが子を殺すという恐ろしい計画だったのです。
 殺気だった妻の気迫に、王は、何も言い返すことはできませんでした。


 かくして、それは実行されたのです。

 ところが、よほどこの世と縁があったのか、生まれた子は、奇跡的に、剣と剣の間に落ちて一命を取り留めたのです。
 産声を聞いたイダイケは、親としての情愛が生まれ、もう、わが子を殺すことはできませんでした。


 その子はアジャセと名づけられました。
 王夫妻は、アジャセに愛情を注いで育てました。
 しかし、アジャセは成長するに従い、凶暴性を発揮するようになっていきました。

 成人すると、もう親の言うことなど聞きません。気分次第で家臣を処刑する、手のつけようのない太子になっていったのです。

 王夫妻は占い師の予言を思い出し、「このままでは、本当に私たちも殺されるかもしれない」と、苦しみは大きくなる一方でした。




 そんなある日、王夫妻は、家臣から、「仏」のさとりを開かれたお釈迦さまが、近くで説法されていることを聞いたのです。

「もしかしたら、お釈迦さまの話を聞いたら、悩みが解決するかもしれない」

 ビンバシャラ王とイダイケ夫人は、はやる気持ちを抑えられず、出掛けていきました。


 お釈迦さまは、多くの人を前に、次のように説法されていました。

「人は、苦をいとい、幸せを求めている。だが、金を得ても、財を築いても、常に苦しみ、悩んでいる。王や貴族とて、みな同じである。それは、なぜか。苦しみの原因を、正しく知らないからである。
 金や名誉で、苦しみはなくならぬ。無ければ無いで、苦しみ、有れば有るで、苦しむ。
 有無同然(うむどうぜん)である。毎日を不安に過ごしている。
 例えば、子供のない時は、ないことで苦しみ、子供を欲しがる。しかし、子供があればあったで、その子のために苦しむ。この苦しみの原因は、どこにあるのか。それは、己の暗い心にある。
 熱病の者は、どんな山海の珍味も、味わえないように、心の暗い人は、どんな幸福も、味わえないのだ」

 

 

 初めて聞くお言葉は、まるで自分たちの苦しみを知り抜かれているかのようでした。
 王夫妻は、それから、お釈迦さまのご説法を熱心に聞くようになったのです。


 まかぬタネは生えませんが、まいたタネは必ず生えます。
 修行者を殺害し、わが子をも殺そうとしたイダイケは、やがて、生んだわが子・アジャセによって牢屋に閉じ込められ、地獄の苦しみを味わうことになるのです。
 惑業苦(わくごっく)が生み出した悲劇は、あまりにも過酷なものでした。

 しかし、そんな苦悩のどん底から、お釈迦さまのお導きによって、イダイケもアジャセも救われて、円満な家庭へと転じ変わるドラマが、お経の中に詳しく書かれています。


惑業苦」に陥らないようにするには、最初が肝心です。
 あせったり、迷ったり、イライラしたりして、投げ出したくなった時が、黄色信号と思って気をつけましょう。

 大事なことは、自分なんかダメだ、なるようになれとあきらめたり、投げ出したりしてしまってはならないということです。


 自分がもし、この苦しみの輪にはまってしまっていると気がついたら、全力で、そのサイクルを止めなければなりません。そうしないと、ますます苦しみが大きくなり、そこから抜け出せなくなってしまいます。

 ちょっとした迷いから、負のスパイラルは始まります。
 しかし、ちょっとしたキッカケで、この悪循環を断ち切り、幸せへの循環に変えることもできるのです。


 どんな人にも、必ず、変われるチャンスはあります。
 別のページでは、私たちが大きく変わるきっかけとなる「縁」についてお話しします。


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2018年07月22日