いろは歌の意味・現代語訳を簡単にわかりやすく解説┃仏教思想がつまった50音

この記事はこんな人にオススメ
  • いろは歌について深い意味を知りたい方
  • 幸せとは何かを知りたい方

今回の記事を読めば、いろは歌ついて知ることができます。

YouTubeではもっと詳しく話していますので、ご覧ください。

 

いろは歌とは

「いろは歌」については、日本に住んでいたら御存知な方も多いことでしょう。

「い ろ は に ほ へ ち り ぬ ・・・・・」

といった風に、口ずさんだりした経験も一度はあるのではないでしょうか?

このいろは歌は、歌の中に全ての仮名 47文字が使われていて、

江戸時代など古くでは、子供が仮名を覚えるときの手本として使用されていました。

そんな「いろは歌」は、実は七五調で書き綴られた意味の深い歌で、仏教にも密接な関係があります。

今回の記事では、そんな「いろは歌」について御紹介していきたいと思います。

いろは歌

いろはにほへと ちるぬるを

わかよたれそ  つねならむ

うゐのおくやま けふこえて

あさきゆめみし ゑいもせす

 作者と内容

作者不明

いろは歌の作者が誰かは実はわかっておりません。

作者は弘法大師(空海)という説や、柿本人麻呂や源高明という説もあります。

弘法大師(空海)がいろは歌の作者ではないと考えられる理由は2つあります。

1つは、この「いろは歌」は七五調の今様形式(詳細は後述)となっています。弘法大師(空海)が御活躍されたとされているのは平安時代の初期頃です。しかし、この今様形式の歌謡は、この頃には存在していません。

2つめは、「いろは歌」内に出てくるあ行のエ(e)と、や行え段のエ(ye)の区別がいろは歌にはついていませんが、空海の活躍した時代には区別がされています。

この2つの理由から、「いろは歌」の作者は弘法大師(空海)ではないという説が有力で、作者は依然不明なままです。

内容は仏教

この「いろは歌」は、お釈迦様の入滅前後を記した涅槃経というお経と密接に関係しています。

いろは歌を七五調に直した時の意味が、涅槃経の中の言葉に通じます。

    いろは歌                涅槃経

いろはにほへと ちりぬるを 

色は匂へど 散りぬるを       →   諸行無常(しょぎょうむじょう)

 

わかよたれそ つねならむ 

我が世誰ぞ 常ならむ        →   是生滅法(ぜしょうめっぽう)

 

うゐのおくやま けふこえて      →   生滅滅已(しょうめつめつい)

有為の奥山 今日越えて 

 

あさきゆめみし ゑひもせす

浅き夢見じ 酔ひもせず        →   寂滅為楽(じゃくめついらく)

詳細や意味については、後述します。

 どのように用いられている?

「いろは歌」は、手習いの手本として昔から広く受容されていました。尚、手習いとは仮名や漢字など文字を書く練習のことです。つまり「いろは歌」は子供たちが文字を書いたり覚えたりするときのお手本としていたということです。

なぜなら「いろは歌」は、仮名を重複させずに作られた47文字の歌の為、仮名を覚えるのにはちょうどよい歌だったのです。

「いろは歌」は、11世紀ごろから仮名を手習いするための手本として使われるようになり、江戸時代以降は仮名の手本として用いられてきました。

現代では、教育制度の変化に伴い、仮名の手本として使われることはあまりありませんが、「いろは」という言葉が、初歩に習得しておくべき事といった意味で日常でも使われており、昔から日本人にとっては、非常に親しみのある歌・言葉になっています。

いろは歌の現代語訳

いろはにほへと ちりぬるを  

漢字: 色は匂へど 散りぬるを

意訳: 花は咲き誇ってもいつかは散ってしまうのに

 

わかよたれそ つねならむ

漢字:我が世誰ぞ 常ならむ

意訳:永遠にこの世に生き続けられることができようか

 

うゐのおくやま けふこえて 

漢文:有為の奥山 今日越えて

意訳:苦しみ悩みの人生を今日乗り越えて

 

あさきゆめみし ゑいもせす

漢文:浅き夢見じ 酔ひもせず

意訳:儚い夢から覚めて悟りの世界にでました

いろは歌と仏教との関係

涅槃経の中の、雪山偈(四行詩)には「諸行無常、是生滅法、生滅滅己、寂滅為楽」というものがあります。

「いろは歌」は、この四行詩を基に作られています。

 

諸行無常(しょぎょうむじょう)  ~諸行は無常なり~

諸行とは、全てのもののこと。無常とは、続かないや儚いという意味です。

この諸行無常は、いろは歌で色は匂へど 散りぬるをにあたります。

 

是生滅法(ぜしょうめっぽう) ~是れ生滅の法なり~

「是」は諸行、つまり全てのものを指しています。

つまり、全てものはいつか必ず壊れる。永遠はないという意味です。

この是生滅法は、いろは歌で我が世誰ぞ 常ならむにあたります。

生滅滅已(しょうめつめつい) ~生滅滅しおわりぬ~

この言葉は、生と死を超越して、煩悩が無くなった安らぎの境地である涅槃に入ることを意味しています。

この生滅滅已は、いろは歌で有為の奥山 今日越えてにあたります。

寂滅為楽(じゃくめついらく) ~寂滅をもって楽と為す~

この言葉は、迷いの世界から離れた心安らかな悟りの境地が、楽しいものであるということ。

この寂滅為楽は、いろは歌では浅き夢見じ 酔ひもせずにあたります。

参考:仏教を学ぼう

諸行無常の真の意味

諸行無常とは変わり続けることです。

先述のとおり、諸行無常の「無常」は「続くことはない」という意味です。

仏教で説かれている無常は、刹那無常とも言われます。

刹那とは瞬間のことです。

つまり、刹那無常というのは瞬間無常です。一瞬一瞬、留まることなく変わり続けているということなのです。

私たちは、どうしてもこれまでの経験にしがみついてしまいがちになります。しかしながら、我々の生きる世界は瞬間瞬間に常に変わり続けています。次の瞬間が予測できないのです。

仏教は「法」といって真実に基づきます。今までがこうだったから、次回もこうなる。とは誰も言い切ることはできないし、わかりません。それは、常に変化しているからなのです。

それが諸行無常なのです。

有為の奥山今日越えての真の意味

「有為の奥山 今日越えて」とは、苦しみ悩みの人生を今日乗り越えることができたという意味です。

有為とは、因縁によって生じた生滅・変化してやまない現実のありさまを指します。では、「因縁によって生じた」とはどういう意味なのでしょうか?

因縁生起

仏教では、どんな出来事もの結びつきによって生じると説かれています。これを、因縁生起と言います。

このことをお釈迦様はお経の中で、このようにお話されています。

一切法は因縁生なり(あらゆる現象は、因縁が結びついて生じ起きている)

またこの因縁生起を略して「縁起」と言われます。長い月日が流れて、現在でも使われている「縁起」とは若干意味が異なっていますが、元々は因縁生起が語源になっています。

因縁果

因と縁の結びつき方で、様々な結果になります。

因とは種のことです。種がないと実はなりません。しかし、種だけあっても、土や水、光、栄養などがないと育ちません。この土や水が縁です。

因と縁が合わさって、初めて芽吹き、実をつけます。

つまり、種だけでは結果に結びつかないのです。種と様々な結果が結びついて初めて1つの結果がでるのです。

同じ種であっても、状況や環境が変わると、できる実(結果)は違ってきます。

また環境が同じでも、どのような種を蒔くかで、それもまた結果は変わります。

私たちの身の回りに起こる出来事は、決まったパターンがあるわけではなく様々な因と縁の結びつきで、目まぐるしく変化しているのです。

これらは「出来事」だけでなく「自分自身」にもあてはまります。

その時々の置かれた縁、つまり環境(家庭や職場など)によって、あなた自身も常に変化しています。

私たちの身の回りに起きる出来事は、全て因と縁が結びついて表れた一時的な姿なのです。そしてその姿は、常に変わり続けています。

それが因縁生起であり、有為なのです。

そして、有為の奥山とは変わり続けている人生であり、悩み苦しむ人生を指しています。

生滅滅已

仏教の涅槃経での生滅滅已の部分をいろは歌では「有為の奥山 今日越えて」と言われています。

生滅滅已の「生滅」とは苦しみの意味ですので、

つまり、「生滅滅已(生滅(苦しみ)滅し、終わりぬ)」は、

「人生の迷い苦しみを断ち切って、涅槃に至った」ことを指します。

これをいろは歌「有為の奥山 今日越えて」にあてはめると、

悩み苦しむ人生を今ここで断ち切りました、と訳すことができます。

まとめ(いろは歌から幸福がわかる)

いろは歌の最後、「浅き夢見じ 酔ひもせず」は、

浅い夢を見ているようなものでなく、酔っぱらって状態でもない。夢から覚め、酔いも覚め、真に生きることを実感し、その喜びを感じている状態です。

お釈迦様が示しておられる涅槃という安らぎの境地は、決して極楽や桃源郷のような楽しい気分を味わえるところではありません。

迷いの夢や酔いから覚めて、今生きていることの不思議さと尊さを強く認識し、生きていることの素晴らしさを心底実感する心の境地です。

涅槃経の最後の「寂滅為楽」は、迷いの世界から離れた心安らかな悟りの境地が、楽しいものであると訳されますが、ここでいう楽しいは「まことの幸せ」を表しています。

人生の山道は果てしなく続くように思いますが、必ず今ここで越えたと感じるときがあります。

このいろは歌も、常に変わり続ける無常の世界にあって、ゆるぎない幸せの身になることができると示した歌と言えるでしょう。

 

 

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執筆者:岡本一志
一般社団法人全国仏教カウンセリング協会代表 仏教の教えにもとづいたアドバイスをしている 著作に「心がほっとする仏さまの50の話」三笠書房 「心がすっと晴れる仏さまの伝えたかったこと」 など計5冊、累計35万部突破のベストセラー
 

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