死を前にして何が明かりになるか

お金や財産、地位名誉は死んでいくときには何の頼りにもなりません

仏説比喩経のたとえ話松の木は何を例えているのでしょうか。
前回、解説した無常の虎とは死のことです。旅人が無常の虎から、必死になって逃げます。目の前には、松の木が生えていましたが、松の木に登っても虎はよじ登ってきますから、松の木は虎の前には何の役にも立ちません。
この松の木は、お金や財産、地位や名誉などをたとえています。
お金や、財産、地位や名誉などは、生きておれる間は、頼りになるものです。お金があれば、ほしいものは手に入りますし、生活上の不便はなくなります。
地位や名誉があれば、無理が通ることもあるでしょう。
ところが、どれだけ、お金があっても地位があっても名誉があっても死んでいく時には何のあかりにも頼りにもなりません。
無常の虎の前には何の頼りにもあかりにもならないのです。室町時代に活躍された蓮如上人という方はお手紙の中にこのようにおっしゃっています。

まことに死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も財宝も我が身には一つもあい添うことあるべからず (御文章 蓮如上人)まことに死せんときは、とは、いよいよ死んでいくときは、ということです。
生あるものは必ず死に帰す、といわれますように、すべての人間は、必ず死んでいかねばなりません。死は私たちの100%確実な未来です。
では、いよいよ死なねばならない、となったらどうでしょうか。
かねてたのみおきつる妻子も財宝もとは、今までたよりにしあて力にしてきたすべてのもの、ということです。
私たちは、なにかをたよりにし、あて力にしなければ生きてはいけません。
夫は妻を、妻は夫を当て頼りにして生きていますし、子供は親、親は子供を頼りにして生きています。金や財産を当て力にしている人もいるでしょう。
ところがいよいよ死んでいく時は、「何一つ持ってはいけませんよ。すべておいていかねばなりませんよ」と言われているのです。

 

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