因果の道理とはまとめるとどういうことですか?

因果の道理についてこれまでの内容をまとめてみました

因果の道理について回数を重ねてお話してきました。一度ここで、これまでをまとめてみたいともいます。

原因と結果をあきらかにみなさい

上手くいかないとき、苦しいとき、どんな心がでてくるでしょうか何で自分だけ失敗するんだろう、自分はどうせだめなんだとこれまでの努力が信じられなくなって、投げ出してしまいたくなります。
そんな時、仏教を説かれたお釈迦様は、私たちに、因果の道理を明らかにみよと教えられています。
因果の道理というのは、お釈迦様の説かれた仏教の根っこであり、幹にあたる教えです。
因果とは、原因と結果ということ、道理とはいつでもどこでもかわらないもののことです。
どんな結果にも必ず原因がある、原因なしに起きる結果は万に一つ、億に一つ、絶対にない、分かりやすく言うとまかぬタネは絶対に生えないが、まいたタネは必ず生えるということです。
これは、いつの時代でも、どこの場所でも変わらないことだから、道理と言われます。
上手くいかない時、、失敗してしまった時、私たちは、失敗自体を忘れようとしたり、その原因から目を背けたりしてしまいたくなります。落ち込んでいたずらに自分を責めたり、八つ当たりしてしまいたくなります。
しかし、苦しみから目を背けていては、原因が分かりませんから、解決することはできません。
どうして失敗したのだろうか、この焦りや不安はどこから来たのだろうか、原因を見つめ、ハッキリすれば、ここを直せば、同じ失敗を繰り返さなくていいのだと何をすべきなのかハッキリしますから、勇気と希望と元気がわいてきます。
原因なしに起きる結果はないのだから、その原因をあきらかに見ていきなさいと仏教では教えられます。

幸せ・不幸せの原因と結果

では私たちの幸せや不幸せを生み出す原因はなんでしょうか。お釈迦様は次のように教えられています。

善因善果(ぜんいんぜんか)
悪因悪果(あくいんあっか)
自因自果(じいんじか)

善いタネからは善い結果、悪いタネからは悪い結果が現れる自分のまいたタネは全部、自分が刈り取るということです。
善い結果とは幸せな運命、悪果とは苦しみや不幸という運命のことです。お釈迦様がタネと言われているのは、私たちの行いのことで、これを業(ごう)(カルマ)といいます。

ひまわりのタネをまくと、ひまわりの花が咲きます。タンポポのタネをまくと、タンポポの花が咲きます。まいたタネに応じた花しか咲かないのは、いつでもどこでも変わらない道理です。

同じように、善い行いからは善い結果、悪い行いからは悪い結果、自分のやった行いが自分の運命を生み出しているのだよと説かれるのが、仏教の一貫した教えです。

私たちは、日々、体や口や心でいろいろな行いをしています。その日々の行いがタネとなって、幸せ、不幸せという運命を生み出しているのだよとお釈迦様は教えられています。

業力不滅

行いには、結果を生み出す力があります。どんな些細な行いも、それは力となって、本人に消えずに残るのだと説かれます。行いの力を業力(ごうりき)といい、それは消えずに蓄えられますから、不滅の業力(ふめつのごうりき)とも言われます。

今日までの一切の過去、私たちがやってきたことは善い行いも悪い行いもすべてその人自身に力となって蓄えられています。今、私が受けている結果は、これまでの過去の行いの結果なのです。そして、未来の私は、これからの行いが生み出していくものなのです。

小さなタネにも、固い地面を突き破って芽を出す生命力があります。数千年前の地層から見つかった蓮のタネが見事、きれいな花を咲かせたという事例もあります。植物のタネの生命力のように、私たちの行いは幸せ、不幸せを生み出す力となって、消えずに蓄えられていますから、無駄な努力は一つもないのです。

因縁果の道理

自分は頑張って努力しているのになかなか報われないと思うこともあるでしょう。一生懸命、タネをまいても花開かないのは、まだ、花が咲く縁が来ていないからだとお釈迦様は言われています。

仏教の因果の道理は、因縁果(いんねんか)の道理とも言われます。モミだねがなければ、絶対にお米は取れないように、因(タネ)がなければ果は絶対に生じません。しかし、モミだねだけではお米は取れません。

日の光や水、土や温度がそろって初めてタネが芽を出しお米になります。このように因(タネ)が果となる助けとなる働きを縁(えん)といいます。

精一杯、種まきに心がけていても思うような結果がでないときは、それはまだ、縁が来ていないだけです。
縁が来れば、春に一斉に花が開くようにこれまでのたねまきがパッと花咲かせます。焦る必要はないのです。

人生にはいろんな縁があります。どんな先生に出会うか、どんな上司のもとにつくか、どんな友人を持つか、どんな人を伴侶に持つか、これも、縁です。そして、縁によって私たちは大きく左右されますから、より良い縁を求めていくことが大事です。朱に交われば赤くなる 孟母三遷の教えは、環境の与える力を教えたものです。

しかし、環境は縁であって因(タネ)ではありません。どんな素晴らしい先生に出会っても、自分が勉強しなければ、自分の成績はあがりません。どんな素晴らしい人を上司にもっても、自分が努力しなければ力はつきません。逆に環境に恵まれなくても、自分が努力した結果は全部、自分のものになります。いい縁を選ぶことは大事ですが、もっと大事なことは、どんな環境でも、より良いタネまきをすることです。

環境は選べるものもありますが、選べないものもあります。しかし、今、ここで、自分がどんなタネまきをするかは、自分で決めることができます。そして、その結果は必ず自分のものになるのです。

私は、この因果の道理に基づいて、様々な方の悩みにアドバイスをしています。原因はどこにあったのか、そして、どのように行いを変えていけばいいのかを自らが気づかれると悲嘆に暮れていた方がガラリと元気になられたり、これまでの苦しみを自分の人生だと受け入れ、前向きに進まれるようになる姿に教えの深さを改めて知らされます。

では、どういう行いが幸せや苦しみを生み出すのでしょうか。それについて詳しく解説をしていきます。

 

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