自利利他と我利我利亡者

幸せになる道(自利利他)と不幸になる道(我利我利)

仏教では、底の知れない欲の心や、怒りの心、恨みや妬みの愚痴の心が、苦しみを生み出していると説かれますがこれらの心をさらによく見ていくと、その本性は我利我利(がりがり)であるといわれます。

我利我利とは、自分さえよければ他人なんてどうなってもよいということです。相手を踏みつけにしても、自分だけが儲かりたい、認められたいということです。

バーゲンセールなどで、欲しいものが、格安で売られているときは、我先にと相手を押しのけてしまいます。電車の空席に乗り込むときは、まず、自分が座らなければと自分を最優先に考えてしまいます。その時の心を見てみますと、情けないかな自分さえよければいいという状態になって相手のことを全く考えていない自分になっています。

腹が立ったり、相手を恨んだりしているときは、相手のことを思いやろうという気持ちにはもうなれないでしょう。相手が傷つくひどいことを言ってしまったり、言わなくても心の中で、相手をひどい目に合わせてしまいます。

このように、欲の心が激しく動き出したり、怒りや恨みの心が燃え上がると、相手のことを考えるどころか、まず自分の都合や利益のことで頭がいっぱいになってしまいます。

この自分さえよければという我利我利の心が、知らず知らずのうちに相手を傷つけたり、恐ろしい悪を作らせるのだとお釈迦様はいわれます。

しかし、自分さえよければよいという我利我利の考え方で、思いやりのない言動を取ると、必ず、まわりの人は、「あの人は思いやりのない人だ、自己中心的な人だ」と思いますから、信頼されたり、尊敬されることはないでしょう。それどころか、嫌われたり疎まれたり、憎まれてしまいます。ですので、自分さえよければよいという考えでやったり、言ったりしたことは、結局、自分自身を苦しめ、孤独にさせるのです。

相手も傷つけ、自分も傷つけ苦しみますから、自損損他とも言います。

幸せになりたければ、利他に心がけよ

お釈迦様は、幸せになりたければ、相手を思いやりなさい。相手の幸せを思いやってかけた言葉や行動は、必ず、あなた自身に思いやりとなって返ってきますよと教えられています。

これを、自利利他といいます。利とは幸せという意味ですから、相手の幸せを思いやるままが、自分が幸せとなるということです。
自利利他の生き方をするか、我利我利の考え方で生きるか、これが幸せと不幸せの分かれ道なのです。このことをわかりやすく教えた話があります。「三尺三寸箸・極楽の箸はなぜ長いのか」という話ですが、関連記事をご覧下さい。

 

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