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釈迦の出家のきっかけになった四門出遊とは

四門出遊 ~ 老いと病いと死の苦しみを悟られる


幼いころから多感であったシッダルタ太子でしたが、そのシッダルタ太子が出家を志す大きな機縁になったといわれる四門出遊(しもんしゅつゆう)というエピソードがあります。

あるとき東の城門を出られた太子は、路(みち)に、歯がおち腰はまがり杖にたよって歩く、あわれな老人の姿をご覧になられました。
その枯れ木のような老人の姿を見て、人間、誰しもやがて必ず、あのように老いていかねばならない、と、老いの苦しみを痛感されたのです。

またある日、南門を出たとき、病人を見られ、人は病むという病苦の現実を深く実感されました。

そして西門を出られたときに、葬式の行列を見られました。
先ほどまで元気だった人が、青白くなって、もう動かなくなる。そして、焼かれてひとつまみの白骨になってしまう。人は必ず死んでいかねばならない。やがて死ぬのになぜ生きるのだろうか。
人間は必ず死んでいくという、死苦(しく)の現実をまざまざと知られたのです。

最後に北門を出られたとき、出家した僧侶を見て、

人間は限りある命を、自分の欲を満たすために生きるのではなく、老いや病や死を超えたなにか普遍的な真理を求めるために生きているのではないだろうか。
私も、老いても病んでも、そしていざ死ぬとなっても崩れない本当の幸せになりたい、

と、真実の幸福を求める気持ちは日に日に強くなっていかれたのです。

そんなシッダルタ太子の父・浄飯王(じょうぼんおう)は、太子が物思いにふけりやすい性格を心配して、カピラ城の中に老いや病や死といった人生を考えさせるようなことをなるべく排除していたともいわれます。

しかし、老人や病人や死人をまのあたりにした太子は、これが自分自身のまぎれもない未来であることを深く悟ったのでした。

釈迦の出家のきっかけになった四門出遊とは

四門出遊 ~ 老いと病いと死の苦しみを悟られる


幼いころから多感であったシッダルタ太子でしたが、そのシッダルタ太子が出家を志す大きな機縁になったといわれる四門出遊(しもんしゅつゆう)というエピソードがあります。

あるとき東の城門を出られた太子は、路(みち)に、歯がおち腰はまがり杖にたよって歩く、あわれな老人の姿をご覧になられました。
その枯れ木のような老人の姿を見て、人間、誰しもやがて必ず、あのように老いていかねばならない、と、老いの苦しみを痛感されたのです。

またある日、南門を出たとき、病人を見られ、人は病むという病苦の現実を深く実感されました。

そして西門を出られたときに、葬式の行列を見られました。
先ほどまで元気だった人が、青白くなって、もう動かなくなる。そして、焼かれてひとつまみの白骨になってしまう。人は必ず死んでいかねばならない。やがて死ぬのになぜ生きるのだろうか。
人間は必ず死んでいくという、死苦(しく)の現実をまざまざと知られたのです。

最後に北門を出られたとき、出家した僧侶を見て、

人間は限りある命を、自分の欲を満たすために生きるのではなく、老いや病や死を超えたなにか普遍的な真理を求めるために生きているのではないだろうか。
私も、老いても病んでも、そしていざ死ぬとなっても崩れない本当の幸せになりたい、

と、真実の幸福を求める気持ちは日に日に強くなっていかれたのです。

そんなシッダルタ太子の父・浄飯王(じょうぼんおう)は、太子が物思いにふけりやすい性格を心配して、カピラ城の中に老いや病や死といった人生を考えさせるようなことをなるべく排除していたともいわれます。

しかし、老人や病人や死人をまのあたりにした太子は、これが自分自身のまぎれもない未来であることを深く悟ったのでした。