布施は施すものの大小ではなく心掛けが大切
布施について、施すものの多い少ないによって功徳が決まると思う人もあるかもしれませんが、布施は施したものの大小ではなく、その心こそ大切だということをよく知っておいてください。
そこのことを教えられた言葉に
長者の万灯よりも貧者の一灯という言葉があります。
女乞食、ナンダの布施行
女乞食のナンダは、ふとしたきっかけからお釈迦様の御説法に足を運ぶ。
つらく苦しい毎日、
「こんな人生なぜいきねばならないのだろう・・」
そんな乾いた彼女の心に、お釈迦様の御説法が心にしみいります。
ナンダは、自分も何か、お釈迦様のために布施をしたいと思うようになったのです。
そこで、精舎(寺)を照らす、灯を布施しようと決意したのです。ところが、ナンダの職業は、乞食ですから、その日、食べるものを何とか、手に入れるのがやっとこさの生活です。
朝から、往来の人に声をかけて何とか恵んでもらおうとしますが、なかなか、恵んでくれる人がありません。
声をからし、へとへとになり、ようやく得たお金を油屋さんにもっていきました。
ところが、必死になって手に入れたお金は、1灯分の、お金にもならなかったのです。
ナンダが声をからし、へとへとになり、ようやく得たお金を油屋さんにもっていきます。
必死になって手に入れたお金でしたが、1灯分の、お金にもならなかったのです。
「これでは、油は売れないね」と断る主人にナンダはそこを何とか、まけてくれないかと懇願します。
ナンダの熱意に、主人は、
「お前は、乞食だろ、どうして、灯なんか必要なんだ」と油をほしがる訳を尋ねたのです。
すると、ナンダは、自分が、お釈迦様の御説法を聞いていること、そして、お釈迦様のために、何とか、布施をさせて頂きたいことを熱いっぱいに語りました。
すると、油屋の主人は、その、ナンダの尊い布施の心に感激し、
「わかりました。では、残りの代金は、私に布施をさせてください」
とナンダに油を譲ったのでした。
長者の万灯よりも貧者の一灯
翌朝、精舎では、仏弟子の目連(もくれん)が灯火の後始末をしていました。ほとんどの火は油が切れて消えていましたが、中に一つだけ、夜明けになっても、明々と燃える灯があったのです。目連はその灯を消そうとしますが、一向に消えません。
「不思議なこともあるものだ」と不審におもってお釈迦様にこのことを尋ねたのです。
すると、お釈迦様は
「それはナンダという女乞食が布施した灯火である。その灯はとてもそなたの力では消すことはできない。たとえ大海の水を注ごうとも、その灯は燃え続けるであろう。なぜならその灯こそは、一切の人々の心の闇を照らそうとする、海よりも大きな広済(こうさい)の心から布施された灯であるからだ」
と答えられたといわれます。
布施の功徳は決して、量の大小によって決まるものではない。その心こそ大切なのです。
では、与えるものがない人はどうしたらいいのでしょうか。
お釈迦さまは、与えるものが全くなくてもできる布施を七通り教えられています。有名な雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)に説かれる無財の七施(むざいのしちせ)について解説します。
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