今回の記事では、以下のことがわかります。
- 煩悩即菩提の意味
- どうしたら煩悩即菩提の身になれるのか
煩悩即菩提とは?
煩悩即菩提の意味は、以下の通りです。
煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)
煩悩と菩提(悟り)とは,いずれにも固有・不変の本質がない(空(くう))という点で,本来は不二(ふに)・相即(そうそく)していること.煩悩がそのまま悟りの縁となること.原始仏教・部派仏教では,煩悩を断ち切って菩提を得ると説かれ,煩悩と菩提は対立的に見られた.大乗仏教においても菩薩(ぼさつ)は煩悩を断ち切ってその階位を登っていくと説かれる場合があるが,究極的には煩悩と菩提の不二・相即が説かれる.つまり,積極的にはすべては真実不変の真如(しんにょ)の現れであり,悟りの実現をさまたげる煩悩も真如の現れにほかならず,それを離れて別に悟りはないことをいう.<生死即涅槃(しょうじそくねはん)>とともに,大乗仏教の究極を表す句として,有名となった.
引用:岩波仏教辞典
ただこれではあまり意味がわかりませんので、わかりやすく解説いたします。
煩悩の意味
煩悩とは、「煩い」「悩ませる」と書き、私たちを苦しめる心のことです。
人間は、生まれたときから108の煩悩があるとされ、この心でどこにいても苦しみを受けてしまいます。
詳しくはこちらの記事をお読みください。
➾煩悩とは?意味や種類、捨て方・断つ方法をわかりやすく解説!三毒・六代煩悩についても
また煩悩の種類に関心がある人は、少し難しいですがこちらもご覧ください。
私達は煩悩で苦しみますが、どうやったら幸せになれるのでしょうか?
その答えが、次の菩提の意味になります。
即菩提とは
即菩提とは、「即」と、「菩提」で意味がわかれます。
即の意味は「すなわち」で、「そのまま」という意味であり、イコールということです。
菩提は悟りの世界に達する事を意味し、言い換えると「幸福」です。
まとめると「そのまま幸福の身になれる」という意味です。
煩悩即菩提の意味は、「煩悩あるがまま幸福の身になれる」ことをいいます。
煩悩即菩提の真意
煩悩をなくさないと幸せになれない、と思う人も多いと思います。
仏教は煩悩を滅することを目的としているので、煩悩をなくさないとさとりをひらけないと考えるからです。
しかし本当の仏教は違います。
煩悩はなくなるでしょうか?
これまでどんなに厳しい修行をしても煩悩を断ち切った人はいません。
過去の高僧方がそうなのですから、ましてや私達のような修行をしようとしない心の弱い凡夫ならなおさらです。
煩悩がなくならないならどうやって幸せになればいいのでしょうか?
答えはずばり、煩悩あるがまま幸せになれば良いのです。
仏教で説かれている本当の幸福は、煩悩あるがままの幸福なのです。
煩悩即菩提の身になる方法
煩悩即菩提の身になるには、厳しい修行は必要ないですが、真剣な聴聞(仏教を聞いて学ぶこと)は必要です。
何もしなくても救われることはありません。
仏教を聞いて、学んで、教えのとおりに実践することで煩悩即菩提の身になれるのです。
ぜひ続けて仏教を学んでくださいね。
メール講座のご案内
難しいお経の内容を噛み砕いて日本一わかりやすくブッダの教えをメールでお送りします。
メールですので、都合のいい時間にどんな場所でも少しづつ学ぶことができます。
さらに今ならレポートと無料音声ファイルを配布中ですのでお受け取りください。
音声ファイルは毎月先着100名様に限り配布となっております。(メール講座はいつでも停止できます。)
メール講座の内容はこちらで紹介しております。